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大寒の声

カテゴリ : 声の暦ー自分の声を好きになろう

声の暦ー自分の声を好きになろう

◇1月20日 大寒(だいかん・たいかん) 1年でいちばん寒い時季


声のメッセージ1 くろがねもちの木の精霊 by Sudo

 

雪の日の刺すような冷たさは

あなたの中の強さを引き出す

こころの中のばらばらになった感情を

きゅっと固めて緻密にする

寒い朝 雪の朝は 外に出て空気をさわってごらん

冷たさが喉を抜けて背骨をつらぬく

今日もまた あたらしいいのちを生きるために

 

大寒の日は 空を見上げて大きく息を吸いなさい

それから「おー」の声を空の奥深く届けてみよう

初めは寒さにこごった声が少しずつ大きくのびていく

やがて声が空からかえってきて

身体をやさしく包むだろう

あなたの中のエネルギーを守る

逃げないように 散らないように

大切なものに たっぷり自分をそそぐために

 

季節のめぐりは

ひとが幾度も生き直すための贈り物

寒さにひとは自分の苦しみを握りしめる

そのきびしさと確かさに圧倒されながら

握る力が、ひとの心と身体に力をみなぎらせる

 

大寒の日は

こころ静かに自分を見つめる日

つらくなったらわたしたち木のそばに来て

裸の幹に触れなさい

あなたのてのひらと同じくらい冷たさで

わたしもともにいるだろう

 

声のメッセージ2 「真実」を伝える女性の神様  by Tokino

 

私は雪とともに来て雪と共に去る

雪はすべての音を消し

すべてのものをひとたび無に返す

 

寒さのなかにある愛こそ真実

寒さのなかにあるあなたこそ真実

 

真実から眼をそむけないように

大寒の朝 コップいっぱいの清水をのみなさい

水は冷たくあなたのからだじゅうを巡る

真実とは冷静さとともにある

冬の寒さはもっともあなたの魂を磨く

磨かれるあなたでいなさい

 

しずかに低く

そして長く声をだし

声とともに自分自身がいることを確かめなさい

他者にあなた自身を手渡すことがないように

私―真実の白を心におき

雪のようにまっさらな声で

「私は真実とともにいる」と3回唱えなさい

今日は言葉と声をつつしみ

一人しずかにすごす時間を持つとふさわしい

 

塩をひとつかみ握りしめ

大寒の朝 自分自身にふりかけて清めなさい

 

いちばん寒い時こそ 魂が研ぎ澄まされることを

心に刻みなさい


 

声の処方箋 宮澤賢治作『雪わたり』より作中詩



 

 

 

 

 

『雪わたり』宮澤賢治作

たかしたかこ絵 





キックキックトントン、

キックキックトントン。

()み雪しんこ ()(ゆき)かんこ

野原のまんじゅうはポッポッポッ。

酔ってひょろひょろ()衛門(えもん)が、

去年、三十八、たべた。

キックキックキックキック、

トントントン。

 

キックキックトントン、

キックキックトントン。

()み雪しんこ (かた)(ゆき)かんこ

野原のおそばはほっほっほっ。

酔ってひょろひょろ清作が、

去年、十三ばいたべた。

キックキックキックキック、

トントントン。

 

冷えてカチカチになった雪原を歩いて森の中で行われる子狐たちの幻燈会へ出かけていく
四郎とかん子。二人を案内する子狐の紺三郎。雪の凍った月夜の晩にくりひろげられる

人間の子と狐の子の温かい心の交流と、宮澤賢治の幻想的で豊かなオノマトペ(擬音語・
擬態語)の世界がたっぷりと味わえる童話です。

 

・リズムにのって身体を動かす

大寒は1年でいちばん寒い時季。寒さにちちごまった身体を

詩のリズムにのせて動かし、身体を活性化してみましょう。

血行と血流をよくすることで、寒さに負けない心と魂を生み出し、心と体と魂をひとつに
つなぎます。

「キックキックトントン」は4拍子。1・2・3・4のリズム乗りましょう。心臓の鼓動につ
ながります。いのちの音を感じてみましょう。「キックキック」は雪を踏みしめる音。1・
2で右左と足踏みしてみます。大地とつながっていきます。次に「トントン」3・4で手を

たたきます。下半身と上半身をつないでいきます。

「しみゆきしんこ かたゆきかんこ」は日本語のリズム7音の繰り返し。「しみゆきしんこ」
の音が2回、「かたゆきかんこ」はの音が2回がくりかえされます。リフレイン(くりか
えし)は、呼吸をととのえ、気持ちを高めていきます。

「し・か」をはっきりした音で読むと、詩のリズムに身体がのってきます。オノマトペの宮
澤ワールドを楽しみましょう。

 

・大きな声を前方へのばしてみる

1年の始まりの季節1月。どんな1年になるのか期待もふくらみますし、未知への不安も心を
よぎります。自分のなかの「恐れ」に打ち勝つには「声を前方へ大きく出す」ことが

大切です。未知の世界へ力強く歩み出せるように、背骨をまっすぐにして、肩の力をゆるめ
ましょう。足はしっかりと床や大地を感じてください。

宮澤賢治の詩や童話は声が気持ちよくのびます。口から扇状に声が広がっていくのをイメー
ジして読んでみてくだい。声の力があなたの未来を明るく照らし出します。未知には恐さ=
闇がつきもの。声の光がこれからの1年を照らしてくれるように、思い切り大きな声で、前
へ前へ声をのばしてみると、声は自分で思っていたよりも遠くへ飛んでいくことを感じられ
ると思います。

声は真実の私です。本来は恐れのないスピリチュアルな存在です。4拍子や七五調のリズム
にのって身体を動かし、身体を温めることで、スピリチュアルボイス=魂の声で読むことが
できるようになります。スピリチュアルボイスで詩の情景を感じて声にしてみましょう。新
しい一年をあなたらしく生きることができるようになります。

 

『雪わたり』はワークショップでよく読みあいます。

保育園の園児さんたちとは、身体を動かしながら、リズムに乗りながら、みんなで「キックキ
ックトントン」しました。

和紙の雪をたくさんふらせながら読みました。みんな眼がきらきらしていたのを思い出します。

高齢者の方とも読みあいました。椅子に座って足や手を動かしていただいて、声で身体と心を
つなぐことをさせていただきました。声を使うとみなさんすっーと過去の時間と今の時間がつ
ながって、大切な人生の回想のお話を聞かせてくださいます。「一期一会」の時を大切にした
いと思います。 


声のアイテム
 

季節めぐり

①1月の異名…睦月(むつき)

親類や知人が互いに往来し、仲睦(むつ)まじくする月 皆で宴(うたげ)する「睦び月
(むつびつき)」の意味

②大寒…1月20日頃

一年で最も寒い時期。大寒の朝の水は1年間腐らないといわれ容器などに入れ納戸に保管
する家庭が多いとのこと。この時期の水は、雑菌が少ないとされ、各地で味噌、醤油、酒
づくりなどに利用されます。餅をつくる地方もあります。

また、古来中国では、節気水という言葉があり、寒露、冬至、大寒の水は、五臓を
滋補し、痰火、積聚、虫毒の諸丹、丸薬をつくるにも最適のようです。

また、古来中国では、節気水という言葉があり、寒露、冬至、大寒の水は、五臓を
滋補し、痰火、積聚、虫毒の諸丹、丸薬をつくるにも最適のようです。
 

③1月の声…あ行ー母音を伸ばして声に出す

自分を見つめ、自分を周りの人々、自然へ開き、グレートスピリットとつながる音。声は放
射状に上へひろがっていきます。

特に「お」は現実と自分の願いをつなげていく音。寒い朝、口を細くし、低めの声で、息をす
べて声に変えていくと、大地(現実)とつながりやすい自分になれます。

 

声のオーラ…白 

白は、真実・清らかさ・純粋さを表す色。白をイメージしながら声を出すと、声による浄化が
起き、宇宙のリズムに合わせやすくなります。白いグッズを身のまわりにおきましょう。

 

声とクリスタル…水晶

冷たい空気の中で水晶に向かって声を出すと、声に透明感がでてきます。

特に第1チャクラ(肛門と性器の間のエネルギーセンター)を意識し発声すると

骨盤がしっかりして、自分の中に安定感が増します。

 

声と植物…和水仙

花言葉「自己愛」  自分を大切にする
自分を愛することができたときに、他者を愛することができます。 
冬の寒い朝、静かな気持ちで水仙と向かいあってみましょう。
自分の心のなかが静かになってきます。 

 

 

 

 

声は自分のために出すもの

カテゴリ : 場の声

声は自分のために出すもの

 

声から人生が変わる 声から未来を変える 声からわたしの居場所が変わる

 

原始以来、人は苦しい時、自分ではどうにもならない出来事が起きた時、空を見上げてあるいは胸の奥深くに向かって、祈りの言葉や音(ああ、とか、おお など)を声にのせてきました。声を発することで、苦しみが外へ出て行き、自分が本当に望んでいることを確かめることができたのです。また、その声を聞いた人が、その人の苦しみを知って、自分ひとりでは考えられないような解決方法を教えてくれたり、よりそってくれることもありました。

ですから、自分の気持ちや考え、感じたことを言葉にして、ひとに伝えることはとても大切なことです。セラピーにいらっしゃるお客様でよく「私が自分の気持ちを言ったら、そこにいる人が気を悪くするし、雰囲気をこわしてしまう」「KYと言われないように、まわりに合わせて、絶対に自分の本音を言わないようにしている」とおっしゃる方がいます。職場や学校などの場ではまわりに気を使うので、いつも今を楽しめない、疲れる、自分は本当に生きていない寂しさがあると訴えられます。

 

『王様の耳はロバの耳』という童話があります。王様がロバの耳を持っているという秘密を知った床屋が、黙っていることに耐え切れず、井戸に向かって「王様の耳はロバの耳!」と言ってしまうと、国中のあらゆる井戸から「王様の耳はロバの耳!」という声が聞こえてみんなに知れわたってしまったというストーリーです。人は自分の気持ちを黙り続け、抑え続けることには耐えられない。もしそれをしてしまったら、身体を悪くしてしまうでしょう。特に喉や胸、皮膚を傷めてしまいます。いつも喉が痛い、声がかすれる、痰がつまる、動悸がしたり呼吸が苦しい、貧血などの心臓や血液の病気、アトピーやじんましんといった症状が出やすくなってしまいます。自分のいまの姿と本当に生きたい姿がずれているので、そこに摩擦や葛藤が起き、身体の症状に表れてくるのです。

摩擦があると、こすれたところが赤く炎症をおこしたり、ただれたりします。皮膚が赤くなるのも喉が赤くなるのもそう。また、自分の気持ちを出すことをあきらめてしまうと、生きる気力が萎えて血液の中の赤(ヘモグロビン)が減り貧血になります。赤は怒りの色。魂が自分らしく生きていないことに怒っているのです。自分の気持ちを抑えて何も感じていないように生きる―そんなふうに心をだますことはできても、身体をだますことはできず、叫びをあげてしまいます。

 

自分の気持ちや考え・感じたことを言葉にしたくない、人に知られたくないという気持ちの奥には、自己否定と自己卑下があります。こんな風に考えてはいけない、悪い考えだと、自然に出てきた自分の気持ちを認めたくない。私なんかどうせだめな人間だからと、自分を受け入れたくない気持ち。声は低く小さくなっていて、メリハリもなく、悲しみが一杯つまっています。こんな時は、声の高さを上げ、言葉をはっきり発声することによって自分でも驚くほど「クリアなわたし」になります。もし変わったあとの声で人と話したら、相手はこちらの言葉を尊重してしっかり聞いてくれるにちがいありません。

また、もっとちゃんと(、、、、)生きよう、もっといい自分になりたいという気持ちが大きいと、喉は固くなり声はかすれてしまいます。この場合は逆に声を低くしてあげると、等身大の私―無理をしない私になります。声を出すのが楽になって、人前で緊張しなくてもいい自分になれます。

 

私は、ちょうど中学3年生の頃、国語の本読みにあてられると、痰がつまって咳払いをしている間に自分の時間を使い果たすことがよくありました。本読みが好きだったし、その頃はわりとおとなしかったので本読みにあてられるとはりきっている自分がありました。でも、痰がつまったり、咳払いをしすぎてガラガラ声になってしまったり…。

痰は「肺や気管支といった呼吸器から分泌された、異物をからめとって外界に捨てるための粘液」とか「痰の分泌量は健康な人でも1日50ml~100mlになる」とのこと。今思うと、人前でいい格好をしよう、きれいな声を出してみんなに認めてもらおうという気持ちが大きく、〝違う自分〟になろうとしていたのだと感じます。呼吸器が〝違う自分〟を異物として捉え、外へ出そうとして痰がからんだのかもしれません。

 

自分の本当の気持ちを伝える…とても大切なことですが、なかなかできない時もあります。特に教育の現場で〝いじめ〟が絡んでくると、自分を伝えるどころか自分の存在さえあやうくなってきます。以前私が働いていた学習障害や発達障害の子ども達の学園では、いじめられてボロボロになって入学される親子もいました。今では活発で授業中もヤジをとばす子も、在籍していた公立の中学校では一言も口を開かず、下を向いて1日をやり過ごしていたということがありました。親も悩んで悩んで誰にも言えず誰からも親身になってもらえず、逆に「あなたの育て方が悪い」としかられたりしてすっかり自信をなくしてしまっています。こんな場合はあたたかい大人の力が必要ですし、思い切って環境を変えるのも一つの方法です。でも、学園に入学して、先生や生徒たちにありのままの自分を受けとめてもらえると、子どもの声は大きくなり、逆に一日中しゃべり続けるという状態になります。受けとめてもらえたことがうれしくて、今まで抑えていた自分があふれ出してくるのです。そしてやっと自分の感覚が開いてきて、ボイスセラピーで私たちが呼んでいるスピリチュアルボイス―自分らしい声が出てきます。

 

声は自分のために出すもの。いつも親や先生や友達やまわりにいる人の気持ちに合わせて出すものではありません。自分の本当の言葉を本当の声で話したとき、場の空気はポンと石が投げられたように波が立つでしょう。でも声を聴いた人たちはその人の気持ちを感じ取って考えます。理解し助けてくれる人がきっと現れます。そうすると、今までよりずっと自分が居やすい空気に変わります。他の人も自分らしい声が出しやすくなるでしょう。自分にも相手にも変化が起きるのです。もし、前よりよくない空気になったなら、改めて自分のいる場を見直す時かもしれません。

 

泣きたい時は

あなたの悲しみをだれかに伝えよう

雨の雫(しずく)をいっせいにふりこぼす梢のように

つらいこと 本当のねがい

言葉にあらわそう


うれしい時は

こみあげる笑顔をひとに贈ろう

太陽を浴びる葉っぱのようにのびやかに

楽しいわたし

苦しいわたし

淋しいわたし

ありのままを見てもらおう

感じてもらおう

決して自分を引っ込めないで

 

須藤美智子「あなたに」より

 

自分のために声を出すこと。それは自分を大切にすること、自分を愛することです。

自分の声を愛しましょう。美しい声とは

自分の本当の気持ちがこもった、自分らしい声です。

世界でたったひとつの、あなたのスピリチュアルボイスです。

 

スピリチュアルボイスカウンセラー   須藤美智子

 

12月20日

 

声のオーラを聴くーいのちのおわりのときにー

カテゴリ : 声とスピリット

 

 

いのちを 見送るということ

大切な人と

いま ここに ともにあるということ

みらい ここに ともにあるということ

いただいた声の贈りものは

心の耳でききわける

いのちといのちは

どこまでも ひびきあうということ

「ここに いま ともに」より時野慶子

 

1オーラはその人の声そのもの
 

須藤さんのお義父さんが12月に亡くなられました。お義父さんが危篤状態になられて1か
月弱、私は名古屋から九州にみえるお義父さんのオーラをみせていただいていました。遠
隔でもオーラをみることはできます。スピリチュアルな世界では時間や空間は、

隔てるものではないのです。アセンション(次元上昇)とよく言われますが、もうとっくに
始まっています。ただ日常のなかに入り込んでいるので、わかりにくいだけなのです。

いのちの終わりにあって、お義父さんはもう声を発することができない状態でした。

でも、オーラをみていると刻々と変化していくのがわかりました。いのちの終わりを迎え
たとき、最後まで残されているのは聴覚です。亡くなっていかれる方は、この聴覚を通し
て、外界とつながり、ご自分の声を「オーラ」として発していくのです。

声がでなくなっても、動くことができなくなっても、意識がなくなった状態でも、耳はす
べてを聴きとり、家族や親しい人の声やお話に対して、オーラで答えているのです。

いのちの終わりには、オーラを「声」として感じていることがあるはずです。意識のない
方の気持がなんとなくわかったり、眠っている危篤状態の方から声が聞こえたように感じ
たり…。そんな瞬間を体験された方は、多いのではないでしょうか。

人のいのちの終わりには、亡くなっていく方にも、看取っていく家族や親しい方々にも、
ピュアな魂がよく働きますから、「シンクロ」すると感じるような出来事がたくさん起き
ても不思議はありません。

オーラは魂の声です。魂の声にはいのちのリズムが刻まれています。いのちの呼吸音が刻
まれています。オーラが発する色彩は、魂の温度です。魂の温度は、目には見えないスピ
リチュアルな光と結びつき、その人の気持ちや感情、心の状態を温度として感じ、

温度にあわせた色彩を発します。これが「オーラの声」です。

身体的な声だけではなく、私たちは魂が声を発することも大いなる存在から与えられて、
この世に生を受けました。「魂の声」に耳を傾ければ、身体的な声だけではない、内側か
らのメッセージを聴きとることができます。またオーラに魂の声をのせることができれば、
他者は雰囲気から、その人のインナーボイス(魂の声)を聴きとることができるのです。

 

2お義父さんのオーラの声

美智子さんが九州へ行った11月の最後、お義父さんのオーラをライブでみせていただきま
した。見せていただきながら、美智子さんにメールで伝え、美智子さんはメールを読んで
どのように関わるのがふさわしいか、考えて行動されていました。オーラをライブ中継し
ているような、スピリチュアルな最期の看取りの時間だと、感じています。

 

・お義父さんが危篤状態になられたとき、肩から頭上にかけてのオーラはぼんやりとした
白でした。いのちの終わりの人のオーラは白いと、ある霊感士から教えてもらったことが
ありましたが、まさしくオーラはぼんやりと白く、もうこの世との関わりが希薄になって
きているのがわかりました。「白は空」、そんな感じのオーラです。

頭の上も灰色で、いのちへの諦めを感じました。

 

・翌日、お義父さんの頭上にひげをはやした白っぽい男性の老人が現れ、お義父さんを迎
えにきているのがわかりました。お義父さんのお父さんでした。そして、ベッドの両端に
赤と白の色で中国的な若い女性のエネルギーがみえます。美智子さんにメールをすると、
祖父(お義父さんのお父さん)は漢詩の先生だったと返信がありました。なるほどと思い
ました。おじいさんが、お義父さんをお迎えにきているのです。頭上のオーラが少しだけ、
別の次元に向かって開かれ、その空間におじいさんはいました。

光へ還るために、光へみちびくためにお迎えにみえたのです。

 

・お義父さんのオーラから「娘のことを話したい」と聞こえてきます。娘さんは、お義父
さんより先に亡くなられています。そのことで心を傷められたのでしょう。

いのちの終わりに整理しておきたいことと感じました。(このあたりのいきさつは
すどうブログに詳しいのでご覧ください)http://www.voicetherapy.info/sudoblog

 

・お義父さんと美智子さんのスピリチュアルな語らいの時間は須藤美智子のブログにある
とおりです。その語らいの翌日、お義父さんのオーラに大きな変化がありました。胸のあ
たりから、頭上にかけてばら色のオーラがぱっとひろがり、もう一度生きなおしていくよ
うないきいきとしたオーラの動きがありました。お義父さんは、美智子さんに気になって
いた娘さんのことを話すことができて、ハートチャクラが温められたのです。「ありがと
う、感謝している」オーラはそう語っていました。いのちの最期のときのすばらしい時間
だったと思います。

 

・お義父さんの頭上に光の道ができました。天上へつながるかのような美しい光です。光
のなかに紫の雲に乗った阿弥陀仏さまがすっと立たれているのがわかりました。娘さんの
話をされて、気持ちがととのったお義父さんを阿弥陀様がお迎えにきたのです。

このとき、お義父さんはもう長くないと了解しました。

 

・お義父さんのオーラからまた声が聞こえます。九州から名古屋へむかって魂の声を発し
ているようにはっきり聞こえるのです。「Yに会いたい、Yに会いたい」(Yは息子さんの
名前)と。お義父さんは息子さんとも語らいたいのだと感じました。美智子さんに伝えま
した。Yさんが週末に九州に向かうことが決まると、お義父さんのオーラは

「ほっとした」ようにやわらかくなりました。淡い緑になって、いのちはまだ続いていく
かのようなオーラを発しているのです。

 

・Yさんがお義父さんと過ごされた時間を経て、お義父さんのオーラはまた静かになりま
した。少しずつオーラの色彩がなくなり、また白っぽいオーラになっていかれました。そ
れは、身体を持っていきるいのちを少しずつ手放していっているようでもありました。こ
の世は「形」に満ちています。「形」で感じるために肉体といういれものがあるのです。
でも、光へ還っていくときには、「形」はもう必要ありません。私たちは光から来て、光は
還ります。その準備が「死を通過する」ということです。お義父さんは、

形を手放して、魂という光だけになる準備をされているようにみえました。

 

・お義父さんの白っぽいオーラは少しずつ減っていきます。頭上に灰色のような、オーラ
が見えて、「死・空」を意味しているのだとわかりました。静かにこの世との関わりを手
放していく時間です。

 

・1週間ほどたって、お義父さんは亡くなられました。美智子さんから連絡を受けて、お義
父さんのオーラをみようとすると、亡くなった病室のベッドのまわりにはもう「闇」しか
ありませんでした。でも淡い美しい光がふわふわとベッドのまわりにいるのがみえます。身

から解き放たれた魂―お義父さんは亡くなった自分をもう魂から見てみえるのだなと感じま
した。魂になれば自由に空間を移動できますから、「死」ということがどんなことだったの
か、みつめてみえる時間なのだろうと思います。

ベッドの上あたりに光の道がひとすじできていました。ここを通ってお義父さんは、

ひかりへ還っていかれるのです。生きているときのオーラと亡くなったあとの魂のオーラに
は、違いがあります。ラジオの周波数に違いがあるように、リーディングするとき、私はエ
ネルギーを「あてる」ところを変えねばなりませんでした。亡くなられたあとの周波数は、
たとえればラジオの周波数メモリにないところに霊的なエネルギーを送って、見させていた
だくような感じです。

 

3父のオーラの声

わたしの父は今から8年前に末期の胃がんで亡くなりました。今回お義父さんのリーディン
グをリアルタイムでさせていただき、それをメールで美智子さんに伝え、美智子さんがリア
ルタイムでブログにアップされていくのをみていて、うらやましいと感じました。

私が父を見送ってときには、リアルタイムでメールするゆとりもなく、ブログも持ってませ
んでした。でも、父がいのち終わりを迎えていくことを何かに残したくて、父が眠りにつく
のを待って、ベッドの横であふれる思いをノート書いていました。今もそのノートは大切に
とってあります。

父が息をひきとることになる日の朝、私は夢をみました。

トンネルに父が入っていくのです。ゆっくりと父が歩み去っていきます。父はもう振り返る

ことはありませんでした。私ももう父を呼びとめることはありませんでした。静寂だけがあ
りました。私にできることは静かに父を見守ることだけだったのです。私はそこへ行けない
ことがはっきりわかっていました。父は静寂のなかで死を受けとめ、病を終えて、この世に
おけるすべての課題をなしおえて、歩み去っていくようでした。

トンネルは決して暗いものではありませんでした。そこにはすべての時間から解放された静
けさが満ちていました。トンネルの向こうには光がみえていました、父は光へ還るのだとす
べてが了解できたような夢でした。

 

父が亡くなる日は、この不思議な夢から始まり、私のノートには「祈り」と題した詩が残さ
れていました。午後、父が眠りについたわずかな時間に書いたものです。

 

祈り                     時野慶子

 

ゆるやかに死へ歩む人

足元は花びらが照らしてくれる

ゆるやかに死へ歩む人

ほほえみのうちに光をみつめてください

しずかに ここより

この世界より立ち去っていかれることを祈ります

 

からだが発する痛みは

人としての証

あなたがまだ生を 生き抜いている証

それもやがて地上にのこし

光のふりそそぐ花園へ

旅立っていかれるのです

あなたの固有の名も

固有の人生も

すべて人としての長い歴史の1ページになって

あなたは無名の

ひとつの美しい光として

本来の姿に帰する

 

この地上に残る私たちは

それを見届けることはできません

死は神秘のうちにあり

この地上では 行き来できないところだからです

 

でも死にゆく人

ゆるやかな命のおわりには

あなたの肩先にも

頭上にも

導きの天使たちが待っていてくれると

私たちは祈りの声を

天に向けて贈ります

光のうちに 光の国へ歩んでください

 

父はこの日4月7日の午後10:00に亡くなりました。

 

翌朝、父の死をメールで伝えたときこんな返信をいただきました。今も私には

忘れられないことばの贈りものです。

「よく看取ってあげましたね。お力落しのないように。親が亡くなってからの孝行が

本当の親孝行ですよ。」


 

 「主よ、今日一日 やさしい言葉に飢えている人々と語りあうため

私の声をお望みでしたら今日、私のこの声をお使いください。」

マザーテレサの祈りより






グリーフカウンセリング・故人交信は「家族カウンセリング」をスクロールして
「グリーフカウンセリング」をご覧ください 

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祈りの会もおこなっています
http://www.voicetherapy.info/prayer

ボイスセラピスト・スピリチュアルボイスカウンセラー 時野慶子

2010年12月14日

病室の声

カテゴリ : 場の声

声から人生が変わる 声から未来が変わる 声からのスピリチュアルなケア

10日間ほど義父の看病をしました。肺炎で入院して一時は心肺停止になったのですが、心臓マッサージをしていただいて、いまは人工呼吸器につながれています。義父は、呼びかけると、たまに目をあけたりうなずいたりします。

ベッドサイドで、ボイスセラピーのスピリチュアルケア―詩や真言を読み、言葉をかけ、手足や胸をマッサージする、クリスタルで浄化、フラワーエッセンスを塗布する―を行いました。

その間に、声について感じたことを、書いてみたいと思います。

 

耳は聴いている

義父の耳元で、詩を読み始めると、義父は顔を左右に動かしたり、口があいて呼吸器の管に喉が抵抗して苦しそうにします。何かを言いたそうな動作です。詩は、抽象的な言葉よりきっと具体的なイメージがわくものがいいと思い、谷川俊太郎の「生きる」「朝のリレー」、本人がよく知っている金子みすヾの「わたしと小鳥とすずと」、宮沢賢治の「雨にも負けず」を読みました。「生きる」には、〝ミニスカート、プラネタリウム、ヨハン・シュトラウス、ピカソ、アルプス〟〝笑える、泣ける、怒れる〟の、イメージ鮮やかな言葉がちりばめられています。また、「雨にも負けず」の七五調の言葉は、呼吸のリズムと一緒に運ばれるので、穏やかな顔で気持ちよさそうに聞いてくれました。

わかりやすく上質な言葉と呼吸のようなリズム…ひとが一番苦しい時にすっと身体に入っていくのは、このような詩なのでしょう。わかりやすく上質な言葉とは、決して個の世界だけにとどまらず、読み手にふわっとはなびらをひらいていくような言葉。それは書き手の生き方そのものが、ともにわかちあいともに生きる、やわらかく開かれたものでないと書けないような気がします。現代詩人たちにぜひ伝えたいような気持ちです。

目を閉じて、声も出せず、身体も動けない状態では、耳が唯一、外の世界との接点。私が詩を読むとき、看護士さんが声をかけたり他のベッドの患者さんと話しているとき―ひとの声が聞こえ始めると、今まで80代の数値だった心拍数が90~100以上に上がっていきます。こうやってひとはいつもひとを求め続けるのだなぁと感じました。

また「生きる」の詩の中で

生きているということ

いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
 

を読んだとき、義父の左目にうっすら涙がにじみました。わたしたちがホスピスでボランティアをしていたとき、同じようなことがあったと思い出しました。ひとはどんな状況でも、澄んだ耳をもって声を聴いていて、それはじかに魂に響いていくのだと思います。義父は「いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ」に反応したように感じました。遠い思い出とつながったのかもしれません。

 

②多い音・足りない音

同じ病室のヒサさんも高齢で、2,3年前から目が見えなくなったと娘さんが教えてくれました。「その頃から、不安なのか子どもみたいになっちゃって」 ヒサさんは「お母様こわい!」「お母様助けて!」「お母さん連れて行って!」とよく叫んでいます。その言葉がどこから来るのか…「兄ばかりでただ1人の女の子の末っ子だから、可愛がられたはずなんだけど」と娘さん。お隣の病室で、やはり高齢の男性も、車椅子の上で「お母さん、お母さん」と叫んでいるのを見かけました。

喉からふりしぼったような声。言葉全体の発声は英語で言えば[æ]の発声、日本語では〝な〟の声に似ています。〝な〟は人に甘える声、本能的な欲求をねだる声、インナーチャイルドの声。子どもの頃の母との関係が、高齢になり病になってまた現れてくるのだろうか…と考えさせられました。

病院では、患者さんは体力がないためにお腹から声を出すことができません。また、唇をこまめに動かしたり、大きく口を開いて声を出すこともありません。どうしても喉から上のところで発声されるので、細く小さな声になってしまうか、大きく出そうとするとふりしぼったような声になり、声の分量が言葉からはみ出してしまいます。それに加えて、〝お―〟の音が足りない(あまり聞かない)気がしました。〝お〟は大地や現実につながる音。神社で「神呼びの声」というのがあり、神主さんがお腹から「おー」と声を突き上げていきます。大地から宙(そら)へ向かって発する声。入院という大地と宇宙とのつながりを感じにくい状況に、ひとは〝お―〟の発声が難しくなるのでしょうか。

 

悲痛な声

心肺停止と聞いて、家族で駆けつけた時、義父は人工呼吸器と8袋の点滴につながれていました。おまけに腎臓の機能が落ちていて、尿の量が少ないことから、点滴を入れれば入れるほど、手足や背中にむくみがでてきます。アロマオイルでマッサージをしたり手足を高くすると、一時的にはおさまりますが、またパンパンに腫れた手足にもどってしまいます。点滴には、ブドウ糖や利尿剤、抗生物質が含まれているとのこと。けれども顔つきも変わっていく様子を見ていると、もう不安がいっぱいです。

「このまま身体中がパンパンになったら、点滴も入っていかないし、一体どうなるんですか!?」 切羽詰った声は細く高くふるえ、鋭くきりきりとした痛みをともなう。それは、誰に対して発するのでもない、まるで天に向かってナイフを突きつけたような、怒りと哀しみがないまぜになった声。

その後、家族で手足を1本ずつ担当して、必死でマッサージを繰り返しました。「どうなるんだろう」と低くつぶやきながら。

病室はきっと、こんな悲痛な声と沈んだ力ない声を記憶しているにちがいありません。白い壁が反射して、ベージュのカーテンが吸い取って、声の濃度を調節しているのかもしれない。突きつけられた声を病院の先生や看護士さんたちが、静かに、つとめて冷静に、励ますように明るく、言葉を選んでおさめていきます。その声のやり取りを、ベッドに横たわった義父がじっと聴いていました。

 

主よ、今日一日

貧しい人や病んでいる人を助けるために

私の手をお望みでしたら

今日、私のこの手をお使いください。


主よ、今日一日

優しい言葉に飢えている人々と語り合うため

私の声をお望みでしたら

今日、私のこの声をお使いください

(マザー・テレサ「主よ、私をお使いください」より)

 

ボイスセラピスト・スピリチュアルカウンセラー  須藤美智子
2010年12月6日 

声は3度私たちを温める 1声は温めあうとき傷みをともなう

カテゴリ : 声に温められる

1声は温めあうとき傷みをともなうーhealing each other

声はぬくもり

声は温度

さびしいときも

悲しいときも

声はそばにいて

息づかいとともに

私たちを温める
 

 

  冬。寒く厳しい季節冬。北風にかじかむ手、凍える身体。冬は身体だけが寒さを感じるわ
けではありません。心も声も寒さを感じやすくなります。それは、季節の流れにあわせて、
私たちが魂のありかたや声のオーラを変えていくからです。

春から夏へ、私たちは自分自身をオープンにして新しい関わりや、新しい出会いを求めます。
万物が目覚め、芽吹いていくエネルギーと同調するように、私たちの魂や声にも季節の変化
があるのです。秋から冬へ万物が葉を落とし、冬眠し、エネルギーを静かにしていくように、
私たちの気持ちは、自分自身に向けられてきます。声のオーラもひろがりを狭め、声の調子
(トーン)はいくぶん低くなります。静かに自分自身と対話し、内省する時間がきたのです。
私たちは新しい関わりを広げることよりも、新しい出会いをたくさん求めるよりも、今年の
出会いや関わりを深めて、そこに意味や気づきを見出そうと―そのように魂は動いています。

シュタイナーの『魂の暦』には次のようにあります。

 

思考の輝きを強め

体験してきたことの意味を解きながら

宇宙の中に霊の故郷を求める。

それは私に与えられた夏の遺産であり

秋の平静であり

冬の希望である。

 

冬は「夏の遺産」―体験を静かに考えながら、魂の故郷へ帰る時間なのです。そこには静け
さがあり、希望があります。夢でも同様のことがおきます。

 

冬の間は、はっきりとした力強い夢を見ることが多くなります。冬こそ魂が成長する時なの
です。春から夏にかけて学びきれなかったことはすべて、来春に持ち越されるでしょう。ま
た、冬は次にやって来る成長の季節に備える時でもあり、その課題が夢に表れてきます。冬
の間は心の学びが強化されますから、特に気にしなくても、夢を覚えているようになるでし
ょう。また冬は種をまく季節で、春に花を咲かせる準備をします。冬こそ、春に向かって目
標を定め、ものごとの本質を見抜き、自分が進む べき道を決める時です。

ベティ・ベサーズ『ドリームブック』より

 

声も同じです。冬ほど声の温かさを感じる季節はありません。身体が寒いときは、心の体温
をあげてください。身体の寒さが弱まります。心の体温をあげるには「声で温める」ことを
おすすめします。毎日使っているもっとも身近な「声」を、冬向きの声に変える―季節にふ
さわしい声の調子・色彩・明度・オーラ・速度に変えていくことで、まちがいなく心の体温
はあがります。心が温まるときには、身体も温まります。

声は3度人を温めます。

同じ場所で話す―信頼できる人と場を共有することで声に同調がおきやすくなります。声を
使って場をシェアすることがおきます。喜びは倍に、悲しみは2分の1になります。たくさ
んの人とたくさん話す必要はありません。いろんな場所へ積極的に出かけるよりも、お気に
いりの安心できる場所でゆっくり話すことで、声の温度もあがります。

声はハートチャクラから生まれます。ハートチャクラは愛のエネルギーセンターです。信頼
できる人と声を使って話すだけで、ハートチャクラは開きやすくなり、気持ちがオープンに
なります。胸のあたりや肩甲骨のある背中がほんのり温かくなるのを感じることでしょう。
愛の交流や同調がおこりやすくなったのです。

声はおたがいの傷みをヒーリングしあうことができます。信頼できる人と話しながら、すこ
し声の調子(トーン)をあげて、声の明るさ(明度)をあげてみてください。声に色彩(オ
ーラ)を感じることができる人は、やわらかいオレンジのオーラをイメージしてください。
これだけで、お相手の心の傷みのケア率はあがります。心のなかの傷みや悲しみも寒さの体
感温度に関わります。傷みをたがいにヒーリングすることができれば、心の体温も身体の体
温も魂の体温も1℃まちがいなくあがります。

 

私は声が好きです。その一番の理由は「声は温かい」ということにあるかもしれません。

夏ごろから仕事を通して関わっている人がいます。少し前に電話で仕事の話をしていたとき
のこと。その人の声が、ゆらゆらと陽炎のように私の身体をたちのぼってくるように感じた
ことがありました。「今その人の声を聴いているんだ」と感じた瞬間です。声を聴くことは、
その人の生命の音を聴くようなものです。背中がふわっと温かくなって、ひとつの風景が見
えました。イギリスの湖水地方です。湖とゆたかな緑。湖面に風はなく、そこを歩いている
二人の男女がいました。静かに語りあいながら、ゆっくりと湖のほとりを歩いています。そ
の人と私の共通の前世でした。

声はときにその人の来歴を通り越して、前世を呼び出すことがあります。声には何世代もさ
かのぼる記憶がすべてしまわれているのです。

電話を切ったあと、声の余韻はふわっと身体のなかでひろがります。今、話していたその人
の声と共にゆれているように、私の中もゆれていました。声にふれると温まります。生命は
熱くてやわらかいものです。声にふれるとき―人のやわらかいいのちにふれているようで、
だからぬくもりをいただくんだろうと思います。

しかし、声は温めあうとき傷みもともないます

数日後、その人と仕事の打ちあわせをしました。その人が「冬は寒さを強く感じる」と言わ
れたので、心の傷みのケア率をあげようと、私の声をととのえて打ちあわせをすることにし
ました。

 

1、  声の色彩(オーラ)をオレンジ色にしておく―オレンジ色は人間関係を広げたり、深め
たり、スムーズにしたりする色で、オレンジは柑橘類によくみられるように、色の温度そのも
のがすでに温かいのです。

2、  声の高さをやや高くしておく―声のエネルギーが循環しやすくなります。私の声にお相
手の声を同調させやすくなります。沈んだエネルギーを活性化して、声を使ってウォーミング
アップしている状態です。

3、  声の明度―やや明るくしておく。明るすぎるとかえって人は警戒して心を閉ざします。
ほどほどが肝心。照明の明るすぎる部屋で本音を語るよりも、間接照明の部屋の方が落ち着く
ようなものです。もし、低い声が好きそうな方は、声の明度ではなく、声の彩度(クリアな度
合い)をあげます。低い声でもよくとおる声は、やはり同調がおきやすく、お相手が心を開き
やすくなります。

4、  声のライン―眼には見えませんが、声には広がり方があります。温めあうときは、あまり
幅広く声を広げる必要はありません。放射状のラインより円(輪)のラインを二人の間で作っ
た方が、声の温まり率はあがります。

5、  声の速度―話すスピード、間の取り方をゆっくりにします。声の速度を落とすことで、呼
吸もゆっくりになり、整います。ととのった呼吸は体温を運ぶ率があがります。ヨーガで呼吸を
ととのえると温かみを感じやすかったり、身体がすっきりしたりするのと同じです。

 

こんな声のちょっとした演出をさせていただいて、打ちあわせは始まりました。

その人の声はいつもより温かく感じました。声が温かいときには、身体も心も温まっているはず
です。心の傷みのケア率があがっているのではないだろうかと、淡い期待がありました。
声から人生を変える、声から生き方を変えることの実践です。 

すると、声に匂いがあるんだと発見しました。匂いというより香りに近い感じです。魂の香りの
ようなもの。その人の感性・感覚が声からたちのぼり、光になって部屋へひろがっていきます。
オーラが見えました。落ち着いた静かな水色に情熱の赤が混じります。やはり私の背中や胸がふ
わっと温かくなりました。

声に音階があることも発見でした。声のゆらぎ方、間の取り方には、その人の生きてきた音階が
あって、ハーモニーやリズムがあります。心臓がくりかえしいのちの音を刻むように、声も毎日
自分の音階を刻んでいるんだと感じたのです。その人のこれまでを私は知りません。でも風景を
みるように、淡い色彩がとけあうようになってその人が歩んできた来歴、尊い時間を次々と感じ
ました。心でその人の声の風景をみているような、声の風景にふれているような感じです。声の
音階はその人の生き方に関わります。

他人(ひと)にふれるということは、その人の生きてきた時の流れ=人生にふれるということで
すね。来歴という言葉が好きです。人生の時間が声にはすべてしまわれています。その人の声に
その人の来歴を聞き、その人は意識できていないかもしれませんが、私の声に私の来歴を聞いて
くださっていた時間だったのです。

信頼関係や好意がある関係では、声はよく同調します。お相手の声と私の声がまじりあい、とけ
あいより信頼関係は強くなります。それぞれのハートチャクラは開きやすくなり、閉じ込められ
ていた感情の解放がおきます。感情の解放をハートチャクラは喜びます。そのようにして声はお
たがいの傷みをヒーリングしあうことができます。
しかしこれは、たがいに傷みをともないます
ネイティブの言葉にこんな言葉があります。

 

あなたは自分の痛みを自覚しただろうか?

とげを抜くにはとげを使わなければならないことを、
受けいれる勇気はあるだうか?
癒しは痛みをともなう。

とげは刺さる時も痛いが、抜きとる時も痛いものだ。

とげは抜いてもらいたがっている。

自分こそが癒し手があることを悟って、とげを抜け。

『アメリカインディアン 聖なる言葉』より

 

「とげは刺さる時も痛いが、抜きとる時も痛いものだ。」その人と打ちあわせをした翌日、私は左
目の眼痛と頭痛に一日悩まされました。痛みも苦しさも同調現象をおこしたのです。

声に温められるには、お相手の痛みをわかちあう勇気があるかどうか―それを自分に問わねばなり
ません。だからと言って、声によって温めあうことに消極的になってほしくはないのです。「同調
する、共鳴する、共感する」ことは、あなたの喜びを共に感じましょう、あなたの傷みをともに感
じましょうという心の声を伝えているようなものです。お相手もあなたの傷みを受け持ってくれて
いるかもしれないのです。はっきり言えるのは、一人で抱える傷みよりも、声で温めあった関係で
傷みをわかちあえば、傷みは2分の1になるということです。

ケアという英語の語源カラ(古代ギリシャ語)は、「悲しみを共にすること」の意味です。

「お相手の傷みを共有すればいい、お相手の傷みを自分の傷みとして愛すればいい」と、打ちあわ
せの翌日、私は頭痛に悩まされながら思いました。その人の傷みのために、私の身体を1日貸しだし
てあげたーそう感じればいいのだと思うことにしました。私の身体を通して傷みや解き放たれてい
くのであれば、今日はその人のために身体を使ってもらえばいいと思えたのです。
お相手も、もしかしたら今日、体調の不調をおこしているかもしれないのですから。傷みを一人で
抱えこまないで、信頼できる人とわかちあうことができたら、きっと心も体も魂も温かくなるに違
いありません。


頭痛と眼痛に悩まされながら、私はまた前世の湖水地方の風景をみていました。その人とどんなこ
とを語りあったか、どんな関係であったか、声は痛みと共に遠い、そして尊い記憶を運んできてく
れたのです。
(「声は3度私たちを温める」は続きます。続きをお楽しみに)

 

声はぬくもり

声は温度

息づかいとともに

私たちを温める

 

 

「主よ、今日一日 人は人であるという理由だけでどんな人でも愛するために

私の心をお望みでしたら今日、私のこの心をお貸しいたします。」

マザーテレサの祈りより

 

ボイスセラピスト・スピリチュアルボイスカウンセラー 時野慶子

20101122

 

声のオーラについてはいろいろなリーディングがあります。詳しくは下記URLをご覧ください。

http://www.voicetherapy.info/about

 

引用

『魂の暦』ルドルフ・シュタイナー著 高橋巌訳 イザラ書房 1985年

『ドリーム・ブック』ベティ・べサーズ著 穴原美智子訳 中央アート出版社 2007年

『アメリカインディアン 聖なる言葉』R・B・ジョーンズ他著 加藤諦三訳 だいわ文庫

1998年

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